・・・違う!
デイビットから聞いていた話と何かが違う。
オレは構えていた銃を下ろし、目の前で震える不動を改めて見つめ直す。
何が違うという具体的な物証はない。
ただ、感覚的に何かがずれているように感じられてならない。
今、引き金を引いてしまうと取り返しのつかない後悔をするような予感がする。
・・・オレは銃をホルスターには収めず、腕を下ろし、不動の様子を窺った。
「助けてくれ・・・。頼む、死にたくない・・・」
小さく呟くような不動の声。
震える肩は酷く頼りなげに見える。
演技には見えないうろたえた仕草。
少しでも動けば殺されると思っている落ち着きのない目。
・・・。
本当にターゲットは不動遊星なのか・・・?
オレは間違えた人間を追い詰めているんじゃないか・・・?
少しずつオレの心にデイビットへの・・・今回の依頼に対する疑惑が芽吹いた。
オレと不動は見つめ合ったまま時が止まってしまったように動けなかった。
お互いに少しでも動けば、均衡が崩れてしまう。
そんな錯覚を覚えた。
「な・・・ッ!」
突然の銃声。
静寂を破るかのように、オレと不動に襲い掛かってくる。
凶弾は不動の頬を掠り、壁へと沈んだ。
「あ・・・あぁ・・・あぁぁぁぁ・・・」
今まで怯えていた不動が頬の焼け付くような痛みに驚き、うめく。
振り向くと、向かいのビルから人影が見えた。
ちっ。
心の中で毒づく。
デイビットの奴・・・。
オレの他にも『殺し屋』を雇っていたのか。
続けて、もう一度銃声が聞こえた。
今度は、オレの髪を掠る。
・・・不動だけじゃなく、オレも狙っているって訳か。
オレは不動の首根を掴み、ビルから死角の場所へ無理矢理移動させる。
「あぁぁぁ!やめ・・・ろ!はっ、はなせ・・・!」
「うるさい。・・・死にたくなかったら、黙ってろ」
低く声を出すと、不動は大きく目を見開き視線を落とした。
「アンタは・・・、俺を殺しに来たんじゃないのか?」
オレは不動の言葉には答えず、銃を握り直した。
向かいのビルを見る。
外したと言えども、相手は良い腕を持っている。
次は確実にオレたちを捉えてくる。
そんな予感がした。
「逃げるぞ」
「え・・・?」
無性に腹が立っていた。
銃を持つ手に力が入る。
デイビットはオレが力不足だと言うのか。
だから・・・、他にも『殺し屋』を雇ったのか。
沸々とした怒りが、はらわたを煮え繰り返させる。
見えない敵を迎え撃つ為に、オレはデイビットへの怒りを納めようと大きく息を吸った。
デイビットが他の『殺し屋』を雇っているのなら、オレにだって考えがある。
一向に腰が抜けたまま動かない不動の腕を引き、立ち上がらせる。
「グズグズするな。・・・こっちへ来い」
不動は震えたまま頷いた。
余程、頬を掠った銃弾が恐ろしかったのだろう。
自分を殺しに来た筈のオレの言葉に、大人しく従ってくる。
掴んだ腕は震え、止まる気配はない。
オレは不動の腕を引き、このラブソフトから逃れる為に走った。
走って・・・走って、走って・・・息が切れる頃、ラブソフトビルの外へ出た。
追手がいないのを確認し、オレは不動の手を引いて、大通りへと向かった。
空車のタクシーを拾い、不動を無理矢理乗せて自分も乗り込む。
運転手にカイザーのマンションへ行くように指示を出した。
「あ、あの・・・」
不動が何か言いたそうにしていたが、オレはそれを無視して暫しの休息に目を閉じた。
三十分程走った頃だろうか。
タクシーが静かにマンションの前で止まった。
オレがタクシーの運転手に金を払おうと、財布に手を伸ばした瞬間・・・
「運転手さん・・・!頼む!出してくれ!」
不動が必死な声で、マンションから離れるようにタクシーの運転手に懇願した。
運転手は首を捻りながらも不動の声に従い、もう一度アクセルを踏む。
「アイツが・・・いた」
視線を落とし、不動が呟く。
アイツ?
アイツって・・・、誰だ?
「黒いベンツが、あった・・・」
「ベンツ・・・?」
「追手だ。・・・もう、あのマンションにアンタは戻れない」
オレの問い掛けに、不動は細く小さな声で答えた。
「オレの家も、ダメだ・・・。どうしよう・・・。どこに行けば・・・」
不動は頭を抱え、下を向いた。
細い肩が震えている。
デイビットが話す不動とは全く様子が違う。
どこか守ってやりたくなるような存在。
オレは、不動の手を安心させるように掴んだ。
「え・・・?」
大きく開かれた不動の瞳がオレを探るように見つめる。
オレはその瞳から目を逸らすとタクシーの運転手に行き先の変更を伝えた。
「どこ・・・へ?」
オドオドとオレを見上げながら、不動が聞いてきた。
「オレの・・・アパートだ。そこなら、まだ追手は来ていない筈だ」
オレが思い付く一番安全な場所。
そこは、まだ突き止められていないと信じるしか・・・ない。
不動を見ると、安心したように全身から力が抜けていた。
ゆったりとオレの肩に頭を乗せてくる。
さっきまで、オレはお前を殺そうとしていたんだぞ。
そう言おうとしたが、すぐに肩から小さな寝息が聞こえてきた。
銃創の残る痛々しい青白い寝顔が、オレの顔の真横にある。
オレはため息を吐くと、アパートに着くまでの間、外を眺めて時間を潰した。
しばらくすると、窓の外に見覚えのあるアパートが見えてきた。
タクシーの運転手に、近場で降ろすように伝える。
「おい、起きろ」
寝入っている不動の頬を叩くと、銃創に響いたのか顔を歪めて目を開けた。
運転手に金を払い、不動へ車から降りるように促す。
久しぶりに戻ったオレのアパート。
カイザーにドアをブチ破られて、連れ去られた時から一度も戻っていなかった。
破壊されたドアは、物々しく『Keep Out』と書かれた見覚えのある黄色いテープで補強されている。
見覚えのある黄色いテープはGX所有のモノだ。
翔か万丈目辺りが補強してくれたのだろうか。
ドアが倒れないように、頑丈に補強している。
オレはテープを剥がし、ドアを開けて不動に中へ入るよう促した。
「お邪魔します」
拉致も同然に連れてきたのに、不動は律義に挨拶をしながら室内に入っていく。
物珍しげに視線を動かしながら不動は立ち尽くしているので、真っ直ぐにオレの寝室へと向かわせる。
寝室に入ると、不動は女性の寝台に腰掛けるのは・・・と渋っていたがベッドの上に座らせた。
そんな不動の様子を横目で見つつ、オレはコートを脱いだ。
コートを脱ぐと、暖房がついていない部屋は少し肌寒い。
「ここがアンタの家・・・?」
オレは不動の言葉には何も返さず、戸棚の引き出しを開けた。
手の平に心地良い冷えた感触。
金属のズシリとした重みを手に感じた。
鉛色の輪っかが二つ。
鎖で繋がれている。
不動は金属の擦れ合う音に気付いたのかオレを見上げてきた。
「何だ・・・?それは?」
オレの手の中に握られている手錠を見て、不動が眉をひそめた。
「一応、人質として連れて来たからな」
不動の手を取り、ゆっくりと輪を閉じる。
カチャン、と小気味良い音が室内に響いた。
不動はオレの動きを大人しく、観察するように見ていた。
両手首に手錠を落とす。
思ったより重い、と不動が言った。